軍命が起こした惨状風化させぬ

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 上記の記事は、3月23日の中日新聞〔朝刊〕の2面「あの人に迫る」玉城功一氏(八重山戦争マラリアを語り継ぐ会会長)の記事です。

 

 最初に『国内唯一の地上戦で県民4人に1人が犠牲となった沖縄戦から、間もなく73年を迎えるが、沖縄県南部の八重山諸島で3.600人以上の住民が「戦争マラリア」で亡くなった事実は余り知られていない。 悲劇の原因は何か? 「八重山戦争マラリアを語り継ぐ会」会長の玉城功一さん(80)かに聞いた』との前文があって記事が続きます。

 

3.600人以上もの住民が亡くなったのはなぜか?

:『…。日本軍の軍命令によるマラリア有病地への強制疎開が原因だった。その曲型例は波照間(はてるま)島で、島民1.590人全員が西表島(いりおもてじま)に強制疎開させられた。

 この結果、99.8%にあたる住民がマラリアに罹患。一家断絶の家もあり、人口の3割に及ぶ477人が死亡。

 

日本軍が島民の強制疎開にこだわったのはなぜか?

:波照間島では、住民の強制疎開直前に、住民が自分の家族のようにかわいがっていた700〜800頭いた牛馬が全滅させられた。

「米軍は肉食だ。牛馬を一頭でも残したら、米軍の食料になる。自分たちで殺せ」との軍命令。 徴兵年齢に満たない青少年も集められ挺身隊を組織され、日本軍と一緒になって牛馬を殺処分し、薫製(くんせい)にさせた。

 

何故、わざわざ薫製(くんせい)にしたのか? そして、薫製(くんせい)はどうなったのか?

:疎開命令の真の目的は、日本軍の食料確保にあったから。 薫製の大半は日本軍の八重山守備隊本部にいった。…。日本軍の食料は現地調達が基本だったから。 要約しました。

 

私、沖縄には慰霊の訪問をしたり、書物からも私なりに沖縄戦を学んだり、私が通うキリスト教会の以前の牧師が沖縄出身の方だったりして、それなりに沖縄戦の悲惨な状況は学んできたつもりでしたが、玉城功一氏の「戦争マラリア」の事は、初めてしりました。

 

玉城功一氏も言っておられますが、「…今、八重山諸島には自衛隊相次いで配備されようとしている。歴史を繰り返してはならない」「人間が人間でなくなる戦争の実相を後世に伝えたい」という言葉をもう一度、私自身も、胸に刻みます。

 そして、軍隊は「市民・国民を守るのではなく、国体・国家の組織を守る組織…!」ということも再認識しました。

 



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