「神話」化した日露戦争

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 上記の新聞は、4月20日〔朝刊〕の15面【変革の源流】で近現代史に詳しい半藤一利氏とノンフィクション作家の保坂正康氏の対談記事です。

『「明るい明治×暗い昭和」という歴史観を持つ人が多い気がします。日露戦争を描いた司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」の影響もあるようです。生前の司馬さんと交流があった半藤さんはどう捉えていますか。……。司馬さんが「坂の上の雲」を書いた当時は、物語の海戦史しかなく、司馬さんはそれを資料として使うしかなかった。

 ところが、昭和天皇が亡くなる直前、皇室に献上されていた正しい戦史は国民に見てもらったほうがいいと、宮内庁から防衛庁に移管されたんです。

 私〔半藤氏〕はすぐ飛んで行って見せてもらいました。全然違うことが書いてある。日本海海戦で東郷平八郎がロシアのバルチック艦隊を迎え撃つ時に右手をあげたとか、微動だにしなかったとか、秋山真之の作戦どうりにバルチック艦隊が来たというのは大ウソでした。

 

 陸軍も同じです。203高地の作戦がいかにひどかったを隠し、乃木希典(のぎまれすけ)と参謀長を持ち上げるために白兵戦と突撃戦法でついに落とした、という美化した記録も残しました。

 日露戦争は国民を徴兵し、重税を課し、これ以上戦えないという厳しい状況下で、米国のルーズベルト大統領の仲介で、なんとか講和に結び付けたのが実情でした。……』以上とあります。

 

私が、日露戦争において乃木将軍や203高地作戦が、実際とは全く違う内容で伝えられているのではないか…?!と、分かったのは法政大学の図書館で書物を読んだ時だったのでは…?!とかすかに覚えています。

「日本の脚気史」(インターネットから検索)でも、日露戦争(203高地作戦)での戦死者数の多くが、脚気で亡くなっているのです。

 いつの時代でも「死を美化しようとする権力者」は、危険な存在です。

 

何故、東条英機や軍事指導者は、戦争を一生懸命やったのか…?について、保坂氏が天皇の側近だった木戸幸一から聞き出した言葉も記載されています。

 

変革の源流】は、今日(21日)の朝刊にも掲載されています。



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