ワールドカップ「ボグゴグラードと広島」

FullSizeRender.jpg

 上記の新聞は、6月27日中日新聞の26面記事です。

写真は、戦没者の慰霊施設で平和への思いを語るエカテリーナ・シマキナさん:ボルゴグラードで〔河北彬光撮影〕とあります。

戦災都市 つなぐ祈り】《日本第3戦の地 ボルゴグラード》《広島移住の女性歴史に目を」》

『…。日本代表が第3戦を戦うロシア南部ボルゴグラードは、第二次世界大戦で多くの死者を出した激戦「スターリングラード攻防戦」の舞台となった。

 同じ戦災都市の広島市と姉妹都市関係にあり、平和を望む思いで日本とつながる。両都市ゆかりの人々は「W杯を契機に、互いの歴史に目を向けて欲しい」と思う。』

 

『…。現在、帰省中のシマキナさんは、「人は過ちを忘れてしまう。日本人もこの街に足を運んで、歴史に触れて欲しい」と話す。…。アンドレイ市長は戦後70年の2015年8月、広島の平和記念式典に参列した。「荘厳で、涙を抑えられなかった。お年寄りや子どもにも戦争は容赦しないことを確認した。…。』

 

  スターリングラード攻防戦

 1942年7月から約半年間、続いたソ連軍とドイツ軍の激戦。全家屋の85%が破壊され、多くの戦死者を出し、150万人だった人口が戦後には50分の1まで減った。…。攻防戦の博物館には広島市寄贈の「平和の鐘」も展示され、毎年8月6日には鳴らされる。以上とあります。

 

ドイツ軍×ロシア軍との運命を分ける激戦:スターリングラードの攻防戦〔約200万人もの死者を出した激寒の地での戦いは、これまでにも映画化され、私も観たことがあります。

 何故か?日本の教科書ではほとんど扱われることもなく、また、今回のサッカーのワールドカップ放映でも、(私が知る限りでは)ほとんどその出来事・歴史に触れられることがありませんでした。

 

私自身は、スターリンやプーチン、さらにヒトラーは大嫌いです。

しかし、多くの市民の犠牲者の歴史があって、今回のワールドカップが開催されたことを覚え・祈ることも大切だと思っています。



calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

profile

links

selected entries

archives

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM