中日新聞「平成のことば」から

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 上記の新聞は、1月8日・中日新聞〔朝刊〕の一面です。

 左下の小さくピンクで囲った欄に、8日から「平成のことば」が始まっています。8日が第一回目でした。昨日は、埼玉県所沢市の男性、今日は澤穂希氏(なでしこジャパン)の言葉があります。

 

 第一回目の【平成の言葉】は、天皇陛下の言葉〔1989年:平成元年:1月8日、平成が始動した日の「即位後朝見(ちょうけん)の儀でのお言葉〕が記載されています。

みなさんとともに日本国憲法を守り、国運の一層の進展と世界の平和、人類の福祉の増進を切に希望してやみません

解説には、「多くの戦争犠牲者を出した昭和を踏まえ、憲法を大切にしながら世界平和に向けて歩もうとの決意がうかがえる」とあります。

 

 日本国憲法の第十章:最高法規

第99条〔天皇・摂政・公務員の憲法尊重擁護義務〕には、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と明記されているのです。

ですから、安倍晋三総理以前の内閣…小泉政権でさえも、憲法改正(改悪)問題には、慎重に慎重であり、手を出さなかったのです。

憲法を守らねばならない総理大臣・内閣・国会議員が、憲法違反とされる集団的自衛権の行使を決定してしまうとは…?!

 

私自身が最も危惧しているのは、桑名市議会でも「核兵器禁止条約」に賛成した議員は、ある程度の年配の議員9名だけで、若手と言われる議員は反対だったことです。〔年配の議員も反対した議員は何人もいましたが…〕

賛成した議員は、愛敬議員・石田議員・伊藤恵一議員・大森議員・岡村議員・松田議員・星野議員・満仲議員・そして伊藤研司でした。

 

さらに私自身が、危惧していることには「日本国憲法の擁護・守ることを発言する人々・議員は、左翼思想を持っているのではないか…?!」という言葉を聞いたことも大きく危惧していることの一つです。

 そうした言葉で、平和主義・国民主権・基本的人権の尊重を掲げた日本国憲法を孤立化させようとする言動には、憤りを覚えると同時に、そのような方々のうちどれだけの方々が、日本国憲法の生い立ちを含め、憲法の言葉・内容を学ばれたのか…?!と感じています。

1960年〜1970年までの時代なら、そのような位置づけも理解できるのですが、平成の時代にそのような位置づけは、時代錯誤も甚だしい…?!と思っています。 私自身は、リベラル派と認識しています

 


「じいちゃんの棚田」に感激…!!

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上記の写真は、テレビ画面からの一場面です。

 昨日は、雨で寒々とした一日。疲れもあったのですが、小雨の中小一時間、収穫したミカン約1トン半を、トラックに積み込む作業。今日の今頃〔6時前頃〕は、久奈波〔くわな〕みかんジュースにするため、熊野に向かって走っていることと思っています。

ミカンジュースになって戻って来るのは、今日の深夜頃…?! 

 以上の作業を終えた後、自宅でビデオに撮っておいた番組bsフジ放送。第25回FNSドキュメンタリー大賞受賞番組:愛媛県内子町の棚田・標高約450メートルの位置にある棚田百選にも指定されている棚田の保存を巡っての物語:じいちゃんの棚田〕を見ました。

 

 見るまでは、余り期待していなかったのですが…。次第に、引き付けられて、感動・感激の涙・感動…の連続でした。

下手な解説で申し訳ないのですが…。

今歳70歳になる男性と妻が必死になって棚田を守る。40歳の息子は障害があるため施設と自宅の生活の往復で農作業を行うことはできない。

 

集落の棚田は、70歳・80歳代の3世帯の高齢者世帯で守る。しかし、その内一人の男性が亡くなる。

 

まちの小学校は、高度経済成長期には、200人の児童が在籍していたのですが、現在では全校児童10名。小学校は閉校が決まり、児童はスクールバスで通学。

 

小学校が統廃合になるため、最後の収穫に集落の人たち+児童が涙する。しかし、統合した学校でも、棚田での米づくりの作業を行うことが決定し、数十人の児童が、じいちゃんの棚田で作業。じいちゃんたち2世帯の人たち感激の涙。

 

このままでは、じいちゃん達2世帯では、日常の農作業が出来なくなって、放棄地になってしまう…と嘆く場面。しかし、週に一日、一人の息子が棚田を守り続けるために、実家に来ての作業。

 さらに、近くの大学生10数人も棚田を守り続けるために農作業を行うことを決意する……。

以上の内容が、組み合わさっての内容でした。

 

私自身も、ここ数年ミカン栽培の農作業を行っていますので…「農作業の大変さ・収穫の喜び・収穫が出来なかった時の悲しさ…」は、チョッピリと胸にしみますので…?!

 

数年間に及ぶ、取材だからこそ、感動する番組が出来たのでは…!!と思っています。久しぶりに、感動・感激で涙する番組に出合いました。

 

子どもたちの声が聞こえて、まち・人々が元気になる…!!ことも再認識させられました。

 


もろ刃の幼保無償化

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 上記の新聞は、中日新聞〔朝刊〕1月7日の3面記事です。

 この記事を読んで、少し「ショック」を受けました。私自身は、乳幼児の保育所・園での保育は、当然無償にすべき…!さらに、それ以前の問題として、日本国憲法26条に明記されているように、義務教育の完全無償化の実現を訴えていることが基本にあります。

 

『…。明石市では、2016年に、保育所・幼稚園の保育料を無料にしてから人口が急増。わずか1年で待機児童数は2倍になり、全国ワースト6位になった実例からも、保護者からは政府の無償化には保護者から「待機児童が増えてしまう」との不安が強い…。』

 以上の内容の記事が掲載されています。

 

以上の記事から、どのような「ショック」を受けたか…?ですが

子育て世代の世帯は、私たち団塊の世代が思っている以上に、「子育てにはお金がかかり、必死になってお金のやりくりをしている保護者の姿」が目に浮かんで来たのです。

 また、保育料は所得に合わせる「応能負担制度」。例えば、夫婦共働きで一人目の子どもを保育所で保育してもらうには、月々3〜5万円のお金がかかる。だから、二人目を生むには考え込んでしまう姿がです。

 

桑名市、そして私自身も、3人育てられるまち・桑名市を訴えています。本当に桑名市が安心して、子ども3人育てられるまちにするためには、無駄な公共事業を止め、清水の舞台から飛び降りるだけの予算措置が必要と考えています。

 安心して、子ども3人育てられるまちにすること自体が、桑名市のブランドになると思うのですが…?! 

 

子ども3人育てられるまちの施策を一転突破的な施策として捉えれば無駄な施策×必要な施策が、おのずと見えてくると考えています。


なぜ?いま?原発延命策なの

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 上記の冊子は、大島堅一(龍谷大学政策学部教授)著。 発行日→2017年7月10日発行 発行→ECOまちネットワーク・よどがわ〔大阪経済大学地域活性化支援センター内〕。 原発・エネルギー・地域経済研究会〔NGO大阪市民ネットワーク内〕で、2017年2月25日ECOまちネットワーク・よどがわ10周年記念講演会よりです。

 

  ここ数日、「黒い袋」→福島第一原発事故で、汚染された土などをはぎっ取って、詰め込んだ「除染袋:約900万超」のことが、話題になっています。〔1月6日中日春秋にも掲載されています〕   

 この冊子を見ると、経済的にもどれだけのお金〔市民・国民の血税〕がムダに使われ、原発が金食い虫であるかが分かってきます。

 

例えば、p8の、福島原発事故費用には、損害賠償費用→約7.9兆円。 現状回復費用→約7.6兆円。 事故収束廃止費用(東京電力の対策)→8兆円以上。 行政による事故対策費用(除染を除く)…等々の合計で25兆円にも上がることが記載されています。

 さらに、原発コストは、火力・水力に比べても高いことも記されています。

 

火力・水力よりお金がかかる原発。 さらには、持続可能な自然エネルギーの開発に全力を投じず、原発に力を入れるのは、やはり核兵器との関連があるのでは…?!としか、私には考えられないのです。

 

人間が開発しても、人の力で制御・コントロールできない原発は即刻廃止すべきです!!


焼き場に立つ少年「長崎の被爆写真」

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 上記の写真は、【焼き場に立つ少年】の写真です。昨日、BSニュースを見ていましたら、フランシスコローマ法王が、核廃絶に向けてのミサの中で、この写真に言及されている報道をしていましたので、インターネットで検索し写真を取り出しました。

 

 中日新聞〔朝刊〕1月3日の2面に写真と共に記事が掲載されていますので全文を書きます。

長崎の被爆写真法王が配布指示】【焼き場に立つ少年

写真の説明には、『ローマ法王フランシスコが印刷して広めるよう指示した焼き場に立つ少年」=バチカン提供・共同』とあります。

『ローマ法王フランシスコは、原爆投下後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真をカードに印刷し、「戦争が生み出したもの」との言葉を付けて広めるよう指示した。

 ローマ法王庁(バチカン)が一日までの発表した。法王はこれまでも核兵器廃絶を呼び掛けており、改めて平和を訴えた。

 

 バチカンは写真について、亡くなった弟を背負った少年が火葬場で順番を待っているところだと説明。「かみしめて血のにじんだ唇により悲しみが表現されている」と指摘した。

 

 写真は、1945年に長崎で原爆が投下された後、米軍の従軍カメラマン:故ジョージ・オダネルさんが撮影した。カードの裏には法王の署名が入っている。』 以上とあります。

 

この写真を、プリントアウトしている時も現在でも、この少年の目を直視できません。パソコンに打ち出している現在でも、何と表現したら良いのか…涙が出そうになってきます。

 

昨年12月議会初日、市民の方々から議会に出された「核兵器廃絶に向けての請願」を私が紹介議員を代表して、請願の主旨を読み上げ、最終日の26日には、私自身の思い:核廃絶に向けての賛成討論を行いましたが、賛成8×反対15名で否決されてしまいました。〔昨年12月27日のブログに全文紹介しています。是非、見てください〕

 反対された議員の気持ちが、現在でも理解不能の状態です。

 


正月「赤須賀」

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 上記の写真は、赤須賀です。

 東京から桑名に戻ってからは、元日には家族で赤須賀漁師町の大漁旗を見に行くのが正月の恒例行事となっています。

 

 長良川河口堰反対運動:しじみプロジェクトを行ってからは、もちろん…赤須賀の漁師の方々とは交流があるのですが…、実は、私が赤須賀の漁師町に行くようになったのは、伊勢湾台風前の小学4年生の時が最初だったことを覚えています。

 中学生になってからも…私の中学生時代には、高校受験対策として学校で2つの模擬テストがあったのですが、私はテストそのものが大嫌いで、模擬テストを受けたことがないのです。

 

 模擬テストは土曜日か日曜日に実施されましたので、親にお弁当を作ってもらって学校に行きました。しかし、校庭に入る前に、Uターンして、赤須賀の港で漁師の活動を見たり、お昼には堤防に一人で座って、お弁当を食べて自宅に帰ったことを、時々、思い出すことがあります。

 

 10数年位前には、大漁旗を上げる船が少くなってきたようですが、最近では、徐々に増えてきているようです。

「桑名らしい場所」を尋ねられると、私は「赤須賀の漁師町と正月の大漁旗」を紹介しています。

 

 いつまでも大漁旗を見ることができること…平和な日本・自然の生態系が守られている日本であり続けるために、微力ではありますが、今年も活動してまいります。

 

 


2018年1月1日

 今日…今年も、キリッと引き締まった…そして何気なく平和な朝を迎えることができました。

 

 春には、里山の新緑の緑を  夏には、青い空に浮かぶ入道雲を  秋には、公園の木々の紅葉を  冬には、屋根に積もる白い雪を見ることができ

 そして、お隣からは赤ちゃんの泣き声を  路地裏からは子どもたちの遊び声を聞くことが出来る平和な一年になりますように…!!

 


今日は、大晦日…。

 まずもって、私自身のブログにアクセスして下さった方々に、感謝申し上げます

この一年間も、自分なりに(手抜きも時たまあったと思いますが…?!)全力で走り続けてきたのでは……?!と思っています。

 

今年の12月議会で、年4回の本議会において、議員にならせて頂いてから、連続104回発言を続けてきました。全国の市議会事務局にアンケートを取ったのですが、ある党に属している方は20数名おられるようでしたが、無所属で活動している議員では、全国で私一人だけでした。

 

具体的な政策実現に関しては、夏休みの学童保育の充実、廃止に伴う駐輪場の確保、地区市民センター公民館の「まちづくり拠点施設」への移行問題では全市一斉ではなく、モデル地区を決めて行っていくことに変更になったこと、中央公民館事業の存続に努力したことなどでした。

 

議員定数問題、報酬と政務活動費の見直し〔当選すれば活動をしてもしなくても全額もらえる報酬を減額×活動費が公開・監査の対象になる政務活動費の増額〕を議論していたのですが、全く進展がありませんでした。

 

障害がある方々〔主に知的・精神〕と共に活動して25年、NPOで耕作放棄地を活用してのミカン栽培を始めて4年がたちました。

 今年は、大雪、イノシシ・お猿さんそしてカミキリムシとの闘いの連続でした。

 4月から11月23日までは、4時起床して日の出の時間に現地で草刈りなどの活動を約2時間…〔第二ミカン園では猟友会の方の協力で9頭のイノシシを捕獲〕。その後、市役所に行き、担当所管と議論する日々の連続。

 しかし、11月23日の収穫日には、去年の約3分の一の約1トン少々。ショック・ショックでした。

今年は、漁業・農業などの第一次産業の事業の難しさを自らの問題として、実感として感じる年でした。

 

12月議会の初日、市民の方々から議会に出された「核兵器の廃絶を願う請願」を紹介議員を代表し請願内容を読み上げ、委員会でも何故、紹介議員になったのかを発言し、本議会最終日には、自分自身の思いを約10分間演説〔演説内容は27日のブログで紹介〕しましたが、否決・不採択になってしまいました。

 ショック・ショックでした。議員は何のためにあるのか・必要なのか…?!考え込んでしまいました。

 

来年は、憲法改正〔改悪〕問題が、現実の課題となってくる様子です。全力で現在の日本国憲法の良さを伝えていく決意です!!

 以上、今年の主な活動と私の思いを書きました。来年も、自分なりに頑張って活動していく決意です。


請願「核兵器禁止条」桑名市議会不採択

請願事項日本政府が「核兵器禁止条約」をすみやかに署名・批准することを求める意見書を、内閣総理大臣、外務大臣、衆議院議長および参議院議長宛に提出すること。

 以上の請願が、昨日・12月26日の本議会で「賛成9名×反対15名」で否決されてしまいました。(敬称略)

賛成議員→愛敬重之、石田正子、伊藤恵一、大森啓、岡村信子、松田正美、星野公平、満仲正次、伊藤研司。以上9名です

 他の15名の議員は、反対でした。

 

 12月5日の本議会では、紹介議員を代表しての【請願趣旨】の説明、18日の総務安全委員会では、委員の一人としての「意見開陳:かいちん」を行い、議会最終日の26日には、請願に賛成の発言を行いましたが、否決されてしまいました。

 私自身の力不足を認識すると同時に、請願者の方々に申し訳なく思っています

 

私の本議会〔26日〕での賛成討論 〔発言〕の全文を書きます。

私は、これまでに、広島・長崎・沖縄の戦跡を訪れたり、書物から戦争の悲惨さ…特に、核の恐ろしさを学んできました。

「地球規模で考え、地域で活動する」この標語は、1992年ブラジルで開催された国連環境開発会議〔ブラジルサミット〕でNGOが標語として使った言葉です。その中で、環境・人権問題の中で、最も悪なことは「戦争」であると…。

 核兵器廃絶国際キャンペーン〔ICAN〕が、ノーベル平和賞を受賞したことは、私が改めて述べるまでもないことですが…。

 

 12月10日、オスロ行われた核兵器廃絶国際キャンペーン〔ICAN〕へのノーベル平和賞受賞式で、被爆者のサーロー節子さんが行った演説の全文が中日新聞の12月12日に掲載されています。

「両陛下。ノルウェー・ノーベル賞委員会の皆様」でその演説は始まるのです。それは、これまで被爆者として核廃絶に向けた活動を通しての生きざま…核兵器の怖ろしさを述べられた後、当時、13歳であった8月6日8時15分の瞬間の出来事…窓からの青みを帯びた白い閃光に目がくらみ、体が宙に浮かぶ感覚の後、静かな闇の中で意識を取り戻したが、倒壊した建物で身動きができない状態の中、はい出た状態で、耳に入ったこと・見たことを克明に述べておられます。

 

 記事の中からごくごく一部を紹介します。↓

 級友たちの弱々しい叫び声「お母さん、助けて。神様、助けて」という叫び声が聞こえてきた。…。幽霊のような人影が行列をつくり、足を引きずりながら通り過ぎていきました。人々は、異様なまでに傷を負っていました。

 血を流し、やけどを負い、黒く焦げて、腫れあがっていました。体の一部を失っていました。飛び出た眼球を手に受け止めている人もいました。お腹が裂けて開き、腸が外に垂れ下がっている人もいました。人間の肉体が焼けた時の嫌な悪臭が立ち込めていました。…。その中には、私の家族と、351人の級友が含まれています。…。核兵器が「抑止力」になると思っているのは間違いで、「抑止力」とは、軍縮を抑止するものだということは明らかなことです。…。 

 以上とあります。

 

 5日の本議会初日・請願の説明時、18日の総務安全委員会での意見開陳〔かいちん〕でも述べましたが、この賛成討論においても12月9日の中日新聞・中日春秋からの言葉を述べます。

 ヒロシマに落とされた原爆の恐ろしさを、小学3年生は29文字で表現した。↓

「げんしばくだんがおちると  ひるがよるになって  人はおばけになる」

 

 小学5年生は、自らの体験を14行の詩にした。↓

「いたといたの中に  はさまっている弟  うなっている  弟は僕に水・水といった  ぼくは  くずれている家の中に  はいるのはイヤといった  弟は  だまって  そのまま死んでいった  あの時  ぼくは  水をくんでやればよかった」

 以上は、被爆実態調査会編の原子雲の下よりからです。

 

 こういった詩を子どもたちに二度と書かせぬために何ができるのか。今年はそんな問いに一つの道筋が見えた年でもあった。それは、122ヵ国の賛成で、核兵器禁止条約が国連で採択されたからです。…。

 そして、核廃絶のために活動を続けてきた「核兵器廃絶国際キャンペーン:ICAN」にノーベル平和賞が贈られたからです。

 以上とあります。

 

 原爆で亡くなられた方々は、今は天国で母親・父親・姉妹・兄弟・級友たと巡り会っていると思っていますが、この世で、それらの方々と、最後の挨拶をすることができなかった方々…子どもたちのために、ノーベル平和賞の受賞があったのでは、と思っています。

 今、改めて自らに問いかけると、市民・国民の方々からの税金・血税で生活・活動をさせて頂いている私たち議員は、核兵器廃絶に向けての意思表示をすることが、議員としての責務の一つだと考えています。

 

 私自身、思い出したくはないが、いつも脳裏に焼き付いている思いでを述べます。

 お祭りの日などには、寺町や伝馬公園付近で、汗やシミで黄ばんだだ白衣のような服を着て、光を通さない濃い青色のメガネを付けた人はアコーディオンやハーモニカでの悲しそうな演奏…両足がない人・腕がない人は頭を下げて、でこぼこになったアルミの弁当箱を座っている前に置いて、道行く人々に寄付をお願いしている姿…そんな傷痍軍人の方々の姿が60年経った今でも、脳裏に焼き付いて離れないのです。

 

 私は、子・孫の世代に、再び見せたくはないのです…イヤ、核戦争になれば、勝者も敗者もなく、地球そのものが滅びるのだから、見ることもでできないのです。

 

 近衛国際赤十字連盟会長も発言されていますが、「ヒロシマとナガサキに原爆が投下されてから72年経ったいまでも、赤十字病院では癌や白血病の治療に追われている現実があるのと、核戦争には勝者は存在しない」という現実があるからですと…。

 

 安倍政権は、国民の思いより、アメリカ・トランプ政権の言動を忖度しての行動ですが…。私たち自治体議員である桑名市議会議員は、多くの桑名市民の率直な願い「核兵器にNO」の願いを、率直に受け止め、国にその思いを伝えることが、市民の方々からの税金・血税で生活・活動している議員の責務であるとのことを発言させていただき、私の賛成討論といたします。ご清聴、ありがとうございました。』 以上が私・伊藤研司の核兵器禁止条約:請願への賛成発言の全文です。

 

 


2018年度「予算案を読んで」

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 上記の新聞は、中日新聞〔朝刊〕12月23日です。この日の新聞は、多くの紙面が、2018年度予算案の記事が占めています。いろいろな角度からのコメント・記事が掲載されていますが、高橋正幸〔埼玉大学院准教授〕の【「最弱者負担に拍車の記事に注目しました。

『…。介護報酬の引き上げは必要性が認められるが、診療報酬については疑問が残る。……。賃金向上をアピールして生活不安にあえぐ「苦しい多数派」をなだめつつ、「より苦しい少数派」のための生活保護費の削減を強行する。福祉を担う自治体の財政難は放置される。 不安と分断が支配する社会で、為政者が政権の維持を最大目的化すると、このような予算案になる。

 過去20年間で「生活が苦しい」と感じる人は、4割から6割に増えた

 

 社会保障費抑制が続き、税の負担が不安の解消につながる実感が持てていない。ゆえに、人々は負担を社会保障の受益者や声の小さい少数者に押し付けたくなるし、自治体財政を支える意味も感じないのだ。

 

 ただし、その先に待つのは「苦しい者」が「より苦しい者」をたたき、結局は共倒れしていく分断社会だ。……。】

以上とあります。

の項目には、私自身も納得します。私自身、精神に疾患がある方々と共に作業をし、時々、精神病院に面会に行くことがあるのですが、現在の病院の在り方に疑問を感じる時もあります。

 

からの内容を読んでいて感じるのは、多くの職種で、二代目・三代目の世襲が広まっていること…、また、「苦しい者」が「より苦しい者」を叩くことによって、「苦しい多数派」を納得させる構造は、江戸時代の身分社会を連想してしまいます。

 

一昨日も書きましたが…。日本の扶助費〔児童手当等の福祉費〕は、生活保護費が基準になっている側面もあります。生活保護費の減額は、他の福祉費に連動する可能性もあるということです。

 福祉費を減額する以前に、長良川河口堰をはじめとするダム建設…原発開発・維持…4年連続で最高になっている防衛費5兆円…無駄な人件費…等々、削減すべき項目は多くあります。

 



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